Sohoの思い出 vol.3 by Fusako Ohta

長女のユキが3歳になった頃、同じロフトビル内にひとりの男性が引っ越してきた。クリスというそのアメリカ人には、離婚した前妻との間にユキと同じ年の娘がいた。離婚率の高いアメリカ、特にニューヨークでは、別れた夫婦の決め事で、子供達は週末になると父親(または母親)のもとで過ごすというパターンが多い。クリスの娘[Office1] も週末には父親クリスのところに訪れていた。同い年で女の子同士、子供に言葉も肌の壁はない。ユキにもようやく友達ができて私たち夫婦も嬉しかった。
ところが、父親のクリスは自分のアパートを真っ赤な絨毯で敷き詰め、立派な木製のバー・カウンターを設置。まるでプライベートなナイトクラブのような内装に、彼の家には毎晩人が集まるようになった。そのうちそこでは、麻薬の売買の取引が行われるようになったのだった。
夜な夜なクリスの家を訪れる人たちが増え出した頃から、エレバーターにマリワナの匂いが充満するようになったが、当のクリスは悪びれる様子も全くなく、私たちとすれ違ってもニコニコ顔で「ハーイ!」と軽く手を振る陽気さだった。
そんなある日のこと、大掛かりな麻薬捜査が入った。映画さながら、ロフト中が大騒ぎとなったが、私とユキは何が何だか分からずキョトンとしていた。仕事から帰って来た夫にその出来事を話すと、「ほほー!」と笑い飛ばしながらも興味は掻き立てられたようだった。同じ建物内で麻薬が売買されていたと聞くと「危ない」とか「子供を育てる環境じゃない」とか言われそうだが、私から見るとクリスは仏様のような笑みを浮かべた優しい父親だった気がするし、夫もフレンドリーなクリスは気に入っていたようだった。